液晶TV用バックライト向けLEDパッケージ開発プロジェクト

2年目社員のこだわりに賭ける

吉村が検査機を問題視したのは、基本的な設計思想の部分だった。検査機は商品ごとに設定を行うが、その設定に時間がかかり過ぎていた。「これでは自動機とは言えない。次のタイミングで一気に変えたい」と吉村は主張、2010年の4月に新しい機械の設計提案をした。2期の製造スタートは2010年の7月。検査機の製造には約3ヵ月がかかるためギリギリのタイミングだった。「ずっと納期に追われていたので、私としては新しい機械を作る、設計を変えるなんてとんでもない話でした」と河浦。井田も「4月の時点で検査機の納期が見えていなかったので、9月稼働は難しいかもしれませんと事業部長に弱音を吐くと、『ここまで来てできないなんて言うな!絶対に間に合わせろ』と怒鳴られました」と笑う。会社としてもビッグプロジェクトであり、顧客は液晶テレビの有力メーカーだけに不可能はありえない。設計が終了してからも事業部長からは「本当にできるのか?」と進捗確認の電話があり、吉村も「どこまで進んでます?」と協力メーカーに確認する日々が続いた。

自分たちのアイデアで世界一速い印刷機をつくる

検査機の試験を進める間にも顧客からは機能の追加の要望が相次いだ。「えっ、まだ追加?」と思いながらも吉村は「変えるなら今しかない」と対応していった。その間も納期を心配した河浦が一部は前のマシンを入れたらという提案をするが、「全部これでいきます」と強靭な意志で譲らなかった。この検査機に限らずほとんどの設備はギリギリで設置されていった。製造の要となる印刷機の投資については、これまでと同じ機能では事業部のGOサインが出ない。そこで河浦から「スピードを倍にしよう」という号令が出された。設計の井田はこう語る。「対策会議は夜でも雑談の中から自然発生的に起こります。ホワイトボードの日程表に誰かが落書きをし始めると、あっという間にいろんなアイデアが書き込まれていって日程表が使えなくなってしまいます」。そうした喧々諤々の議論からさまざまなアイデアが生まれ、基板の生産スピードでは世界一の機械ができ上がった。実は完成後しばらくしてある機械の専業メーカーが「世界一速い機械ができました」と営業に来たことがあったがスピードは自社製作の半分以下だった。

クライアントからのクレームゼロ

2009年にラインを立ち上げてからは、工場の売上は以前の約6倍に拡大、社長賞も獲得した。特許を取得した単層構造の印刷は初めてのチャレンジで、信頼性の評価などもすべて一からやり直している。生産量は累計で数十億個に上るが、その間に検査機での不良流出はなくクレームもゼロの状況が続いている。「うちの検査機で検査したというと、それだけでお客様も『じゃあ大丈夫だね』というほど信頼されています。あの時の吉村の踏ん張りが大きな転機で、大正解でした」と河浦。その吉村は「何度もプレッシャーにつぶされそうになりましたが、2人が『責任は俺たちが取るからお前の好きなようにやれ』と背中を押してくれたので思い切って仕事をこなすことができました」と上司への信頼を語る。若手への期待について井田は「夢を持ってワクワク仕事ができる人にぜひ来てほしい。仕事は厳しいですが、ここでは楽しくモノを開発することができます」と熱く語った。河浦らは今、次なるプロジェクトに着手している。これが実現すればセラミックの多層構造の製品のかなりのものを置き換えることができる可能性を秘めている。エンジニアたちの野望に終わりはない。

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