光学フィルム用粘着剤開発プロジェクト

お客様から求められる新しい価値は、現状の枠組みを超えることから生まれていくものです。
ニーズにお応えする製品開発をはじめ、生産技術の向上による生産性の強化や生産ラインの立ち上げなど、
日本カーバイド工業の技術力、そして、人材力を物語るプロジェクトストーリーをご紹介します。

設計を基本から見直した次代へ続く製品開発

テレビやパソコン、スマートフォンなどに使われる液晶ディスプレイは、大きく二枚の基板で挟まれた液晶層と、その表裏に貼られた厚さ0.2mmほどの偏光板から構成されています。日本カーバイド工業では、偏光板と基板を貼り合わせるための粘着剤をはじめ、液晶表面を保護するために製品出荷時に貼られる粘着シートなど、さまざまな光学フィルム用の粘着剤を提供。日々の生活に欠かせないエレクトロニクス製品は進化を続け、光学フィルム用粘着剤もまた、性能面、コスト面についてお客様から求められるニーズはますます高くなっています。ここでは、研究者たちが手掛けた「次代の光学フィルム用粘着剤」開発プロジェクトを追いました。

Member Profile

  • TAKAO
    FJII

    藤井 孝男

    研究開発センター長

    プロジェクト当時:
    化成品開発研究部 部長

  • HIDEKI
    MIYAZAKI

    宮崎 英樹

    研究開発センター
    フィルム・シートグループ
    マーキングチーム チームリーダー

    プロジェクト当時:
    化成品開発研究部 機能樹脂グループ

  • AKIRA
    KAMOI

    鴨井 彬

    研究開発センター
    機能材料グループ
    粘・接着剤チーム

    プロジェクト当時:
    化成品開発研究部 機能樹脂グループ

根本から見直し、5年後も、お客様から求められるものを

日本カーバイド工業では、かねてより光学フィルム用粘着剤製品を扱ってきましたが、お客様のニーズに応え、さらに販売を拡げていくためには、性能の高さに加えて大幅なコストダウンが必要と判断。化成品開発研究部内に、新製品開発を目指したプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトのリーダーを務めた藤井孝男(現 研究開発センター長)はこう語ります。「当時の製品はマイナーチェンジを繰り返し、性能面でもコスト面でも、もはやこれ以上、大幅な向上は望めないという状況でした。そこで、お客様との連携も密に取りながら設計を根本から見直すことで、トータルな視点から、特にコストダウンに重点を置いた開発に取り組むことになりました」。藤井がメンバーに示した目標は、大幅なコストダウン。さらに、従来品で築き上げた定評を5年後もキープすることができる製品の開発でした。

なかなか両立することができない、性能とコスト

このプロジェクトの主要メンバーは、藤井に加え、当時入社13年目の宮崎英樹と、入社4年目の鴨井彬。「5年後でも通用する製品という目標を聞いた時は、正直、これは大変だぞ、と思いました。ただ、設計を根本から見直すといっても、当社には長年の開発で培ってきた技術とノウハウがあったので、あの材料を使って配合はこんな感じで試してみようといった具合に、プロジェクトがスタートした時点で、すでに幾つかのアイデアは私の頭の中にありました」(鴨井)。粘着剤は大まかに言うと、溶剤とアクリル系樹脂に数種類の副材料を混ぜあわせて作ることができます。ただ、単にコストを下げるのではなく、性能を低下させずにコストを下げるには……。例えば、従来品では樹脂の濃度が30%だったのを、樹脂50%、溶剤50%に。つまり樹脂濃度を高くして溶剤の量を減らせばコストが削減できると、まず考えました。しかし、それでは粘度が高くなり、フィルムへの塗工が難しくなるだけではなく、お客様が製品加工に要する時間が増えてしまうことに。“性能とコスト”。その両立できない課題をどう解決していくか、メンバーたちの試行錯誤が続きました。

基本設計の完成。そこから、オーダーに添うための調整へ

樹脂濃度が高くても早く塗れる樹脂製品を目指して、宮崎と鴨井は試作を繰り返します。二人で議論を交わし、仮説を立て、その仮説に基づいた試作品を評価し、出てきたテストデータを解析し、考察を加え、再び仮説を立ていく。試作から評価までは短くても1週間、評価項目によっては月単位の時間を要したこともありました。「評価が上手くいかなかった場合も想定し、ひとつの仮説に対して、あらかじめ周囲に種を蒔き、第二、第三の手を打っておくことで、時間のロスを最小限に抑えることができます」(宮崎)。
こうした努力の積み重ねを経て、プロジェクトスタートから1年後、ようやく新製品の基本設計が完成しました。しかし、これでプロジェクト終了、ではありません。光学用フィルムは偏光板向けの製品をはじめ、さまざまな用途に幅広く用いられるので、必要とされる特性がそれぞれ異なります。そんなお客様のオーダーにあわせるための製品の詳細なカスタマイズに、さらに8ヶ月の時間を要しました。

評価データの不一致。その原因とは

1年がかりで完成させた基本設計をベースに、「もっときれいに剥がれるものを」「静電気の発生を防ぐものを」といったお客様のオーダーに対し、材料の変更や配合の調整を工夫しながら、微調整を続けていきました。「特に苦労したのは、お客様と我々の評価結果が、一致しなかったことです」(鴨井)。試作品は当社でもちろん評価しますが、並行してお客様の方でも実際にフィルムに粘着剤を塗工してサンプルを作成し、評価を行います。しかし、乾燥条件や塗工方法が異なるため、当社とお客様の評価データが合致しない場合がありました。
宮崎と鴨井は、データをひとつひとつ検証し、解析を行い、ようやく乾燥条件の違いに原因があることを突き止めます。「そこで解決策として、性能が乾燥に依存しない材料を選定し直すことで、評価結果が一致するようにしました」(鴨井)。
その他、実際に製造を担当する工場側との連携も大切にします。実際の製造現場には反応槽の大きさや、原材料を混ぜる釜の大きさ、夏と冬の気温や湿度の差など、さまざまな制約や条件の違いがあるもの。だからこそ、同じ処方でも違った特性が出てしまう可能性もあると考えました。「製品の設計をする段階から、常に製造現場の作業条件や作業効率のことを念頭に置くようにしました」(宮崎)。

自由に意見を交わす「促進会議」が開発の力に

今回のプロジェクトのように、設計を根本から見直すような新たな開発の場合には、試行錯誤はつきもの。予測とはまったく異なる評価データが出て、どこに原因があるのか見当がつかないことも多くあります。「そんな時は、別の角度からデータを見直すことが重要です。一人の視点には限界がありますから、私もあえて鴨井とは違う角度から考えることを心がけました」(宮崎)。
さらに促進会議と呼ばれる議論の場も、複眼的な思考を組み立てていく上で大きな役割を果たしました。「プロジェクトのメンバーと化成品開発研究部内の他のメンバー、さらにテレビ会議で営業、製造の担当者も加わり、総勢10名ほどで、懸案事項について自由に意見を述べ合う機会を設けています。促進会議は必要に応じて随時開催しますが、平均すると2ヶ月に3回、毎回、5時間程度の会議になります」(藤井)。入社年次や担当などに関係なく、誰もが自由に意見を交わしていく促進会議。「いろいろな人の意見やアドバイスを聞くことができ、それによって新たな発想が生まれ、ブレークスルーにつながることも数多くありました」(鴨井)。

お客様のために、より良いものを。研究は続いていく

「研究、製造、営業、そして、お客様が一体となって達成できた」(鴨井)という開発プロジェクト。
その努力の積み重ねは、5年後でも通用する製品として実を結ぶことができました。しかし彼らが取り込む研究開発に、終わりはありません。「プロジェクトという形は取っていませんが、すでに、さらなる高性能化とコストダウンに向けた研究がスタートしています」(藤井)。日本カーバイド工業の未来を見据えた研究者たちの挑戦は、今日も続いています。