光学フィルム用粘着剤開発プロジェクト

テレビやパソコン、スマートフォンなどに使われる液晶ディスプレイは、大きく二枚の基板で挟まれた液晶層と、その表裏に貼られた厚さ0.2mmほどの偏光板から構成されている。日本カーバイド工業では、偏光板と基板を張り合わせるための粘着剤をはじめ、液晶表面を保護するために、製品出荷時に貼られる粘着シートなど、さまざまな光学フィルム用の粘着剤を手がけている。目まぐるしく進化を続けるエレクトロニクス製品にあっては、光学フィルムにおいても性能面、コスト面の要求は日増しに高くなる。ここでは次代の光学フィルム用粘着剤の開発を手がけるプロジェクトを追った。

設計を根本から見直せ

日本カーバイド工業では、かねてより光学フィルム用粘着剤において、競合他社を抑えて業界のトップを行く製品を手がけていた。だが今後、さらに販売を拡大していくには、性能の高さに加えて大幅なコストダウンが必要と判断。2010年4月、化成品開発研究部内に、新製品開発を目ざしたプロジェクトを立ち上げた。プロジェクトのリーダーを務めた藤井孝男(機能製品開発ユニット リーダー)はこう語る。「当時の製品はマイナーチェンジを繰り返し、性能面でもコスト面でも、もはやこれ以上、大幅な向上は望めないという状況でした。そこで、お客様との連携も密に取りながら設計を根本から見直すことで、トータルな視点から、特にコストダウンに重点を置いた開発に取り組むことになりました」。藤井がメンバーに示した目標は、大幅なコストダウンと、従来品で築き上げた業界で最も優れた製品という定評を5年後にもキープし続ける革新的な製品の開発であった。高いハードルに向けた挑戦がこうして始まった。

二律背反する性能とコスト

プロジェクトの主要メンバーは、藤井に加え、当時入社13年目の宮崎英樹と、入社4年目の鴨井彬。「5年後でも通用する製品という目標を聞いた時は、正直、これは大変だぞ、と思いました。ただ、設計を根本から見直すといっても、当社には長年の開発で培ってきた技術とノウハウがあったので、あの材料を使って配合はこんな感じで試してみようといった具合に、プロジェクトがスタートした時点で、すでに幾つかのアイデアは私の頭の中にありました」(鴨井)。粘着剤は大まかに言うと、溶剤とアクリル系樹脂に数種類の副材料を混ぜあわせて作られる。単にコストを下げるのではなく、性能を低下させずにコストを下げるには、どのような手法を取るのか。例えば従来品では、樹脂の濃度が30%だったのを、樹脂50%、溶剤50%に変える。つまり樹脂濃度を高くして溶剤の量を減らせば、コストが削減できる。ところがそれでは粘度が高くなり、フィルムへの塗工が難しくなり、顧客が製品加工に要する時間が増えてしまう。性能とコストの二律背反をどうクリアするか、試行錯誤が続いた。

基本設計が完成。だが、プロジェクトはまだ終わらない

樹脂濃度が高くても早く塗れる樹脂製品を目指して、宮崎と鴨井は試作を繰り返した。二人で議論を交わし、仮説を立て、その仮説に基づいた試作品を評価し、出てきたテストデータを解析し、考察を加え、再び仮説を立てる。試作から評価までは短くても1週間、評価項目によっては月単位の時間を要する。「評価が上手くいかなかった場合も想定し、ひとつの仮説に対して、あらかじめ周囲に種を蒔き、第二、第三の手を打っておくことで、時間のロスを最小限に抑えます」(宮崎)。こうした努力の積み重ねを経て、プロジェクトスタートから1年後、ようやく新製品の基本設計が完成した。「自分で言うのも何ですが、どこに出しても通用する製品ができたと思います」(鴨井)。ところがこれでプロジェクト終了、とはならなかった。顧客からの要求に応えるという、大仕事が3人を待っていた。冒頭で述べたように光学用フィルムは、偏光板向けの製品をはじめ、さまざまな用途に幅広く用いられる。そのため用途ごと、顧客ごとに要求特性が異なる。こうしたカスタマイズに、さらに8ヶ月の時間を要した。